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ベリー・ウィッシュな日々

佐倉紫のつれづれなる日記
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なんか忙しかった日

代わり映えのない毎日を過ごしているようで
意外と忙しいときは忙しい主婦の日常ですが、
わたしは金曜日まさにそんな感じになりましてね……

一番最初になんじゃこりゃって思ったのは
その日見た夢。夢かよ、なんだよそれ、って
思ったでしょうがすごく深層心理映したような
恐ろしい内容だったんですよこれが。
舞台としては実家にいて、わたしは高校生、
弟は小学生、って感じで朝、うわああ学校
行かなきゃ遅刻するもう八時半だ! って
急いで制服に着替えて家を出たけど小雨降って
たんですよね。実際の高校時代も怠惰なJKで
自転車通学だったので、雨の日はよく母に
学校まで送ってもらっていたのですが←
その日は「お母さん送ってって」と言っても母
「今日は出かける用事があるから無理よ」と
言われ、じゃあお父さん送ってって! と
お願いして父の車に乗せてもらうことに。
弟も学校送れる~と言って一緒に乗ってきたのですが
(というか小学校で八時半登校じゃもう完全に
遅刻だよね。小学校ってなにげ始まり早いよね)
後部座席に弟と乗り込み、ふと隣を見たら
いつの間にか弟じゃなく娘の○子が座って
たんですよ。それもいつも着ている白いパジャマで笑
「パジャマじゃ小学校行けないよ~! お父さん
ごめん、いったん家に戻って。着替えなきゃ!」と
運転する父に言ったら、父「ええ? 仕方ないなぁ」
と言いながらハンドルを切ったんですよ。狭い道が
続く河川敷を走っていたのに、渡るべき橋はまだ
十メートルは先にあるのに、川のほうに向かって
ハンドルを切って。で車は当然のごとく河川敷の
道から外れて、二階分くらい下に流れる川へ
頭から突っ込んでいこうとして――

そこでお腹に浮遊感を感じて(ジェットコースターで
高いところから一気に下っていくあの感覚ね)
ハッと目が覚めたので、なんとか川に突っ込む
ところは体感せずに済んだのですが。

まぁとにかくあんまりいい夢じゃなかったので 
飛び起きたわけですよ、朝の四時に(=_=)
妙にリアルな夢だったし心臓バクバク言っているし、
こりゃまたすぐに寝るのは嫌だなぁと思って
スマホでポチポチ夢占いを検索ですよ。

曰く、交通事故の夢っていうのは総じてあんまり
いいものじゃなく、自分の中にある焦りや不安の
表れ、もしくはなにかやらなければいけないことが
あるのにそれを先延ばしにしていることへの罪悪感
から、自分を罰しようとしているときに見るもの、
らしく。うわぁあああわたし娘の入学に関して
不安しか覚えてないし、就学前検診で眼科に行って
こいって言われたのまだ行けてないから早めに
行かなきゃでも面倒くせぇって思っているし、
仕事も〆切近くて急がなくちゃって思っているしで
完全にこれドンピシャじゃあああん、とげんなりして。
で、交通事故と言っても色々あるし、車で
事故る場合はどこに乗っていたかというのも関係
するらしく。わたしが見たシチュエーションに
おいては大体以下の通りらしいです。
遅刻→嫌なことから逃れたいという心理状態
雨→穏やかにしとしと降る場合はいい前兆
制服→着ているとき気分がいいなら世間から
外れないような常識を持っている表れ
車→行動や能力、感情のコントロール
  円滑に前に進もうとする心の表れ
川→流れが急だったり濁流だと問題あるけど、
  澄んで穏やかに流れているぶんにはさほど
  悪くはなさそう。澄んで穏やかなほど潜在能力
が高いことを示している(夢で見た川はさほど
深さはなく澄んでキラキラして穏やかだった)
娘→実の娘の場合なら娘に対する愛情や不安の表れ
転落→恐怖心、不安を表す

キーワード的にはこんな感じ。
で、自動車事故の場合、自分で車を運転したか
他人が運転していたかでまたちょっと見方が変わり、
普段運転する人間でありながら他人が運転していた
ときは、その人物によって自分がしようとしていることが
妨げられる可能性があるという表れらしい。
それを知ってしばらく父に会いたくないと思った
わたしを親不孝だと罵るがいいよ。

まぁ明らかに先のことを不安視しすぎて必ずどっかで
落とし穴があって、とマイナスなことばかり信じ込んで
いるからこういう夢を見るんだろうな、というのが
よくわかる結果でした。娘がパジャマ姿で出てくるあたり
完全に小学校入学が鬼門となっていますねorz

まぁとにかく夢占いがなんとなく解釈できた
ところで朝の五時。二度寝しよ、と思って寝て、
普通に七時前に起きて夫の朝ご飯の用意。
子供たちを起こしご飯を食べさせ園バスに
八時に放り込んで、洗濯などを終えて、さて
再校をやろうと編集部から届いた紙の束を
前に赤ペン握って仕事に取りかかったわけですよ。

で、次の事件は十一時頃に起きた。なんか
いきなり左耳がぼわって幕がかかったみたいに
なっちゃったのですよ。痛みはないし聞こえにも
問題ない。ただ年末に子供たちから風邪うつされて、
熱はないけど喉痛いし鼻水出るしで、今はもう
さほどひどい症状はないけど、ここ二、三日
夜はとにかく咳も出ていて薬飲まなきゃ寝られない
感じだったので、おそらく風邪の諸症状の
一つだろうなぁとは思ったのですが、やっぱり
怖いじゃないですか? 片耳だけぶわっとなる感じ。
突発とかメニエールとか頭に浮かぶわけですよ。
午前中の予定で再校の後半が宅急便で届く
予定になっていたから、今から耳鼻科行くのも
どうかなぁと思ったけれど、結局宅急便を夕方に
回して、速効耳鼻科に向かいました。受付12時
までで、到着したのが11時半くらいかな。
予約しているひと優先だから待たされるだろうなぁ、
というか普通に12時ギリギリになっても患者は
きていたわ。これ午後の診察は2時半からっぽいけど
それまでに午前中の患者を全部さばけるのかって
逆に心配になるくらい。トイレに入ったらそのあいだに
待合室の椅子も全部埋まって座れなくなったし。
だが大丈夫、わたしは重症患者ではないし、壁が
あればよりかかってTLラノベを楽しめるのだ。
40分くらい待っている内に一冊読み終わっちゃったけど。

いよいよ診察。というか診てもらう頃にはもう
左耳治っちゃっててなんか申し訳ない気持ちに
なっていたけれども。年末から熱は無いけど風邪の
症状が続いていて、午前中いきなり左耳が詰まったので
心配になって受診しました、と説明し、さっそく
耳を診てもらう。「あー奥に水が少し溜まってますね」
とのこと。風邪が長引くと耳と鼻のあいだのところに
水が溜まっちゃって詰まった感じになるんだってさ。
鼻からほっそい管みたいなのを喉まで入れられて
喉の様子も診てもらって、その後は「じゃあ水を
抜きましょうね」つって、再び鼻から細い管を
入れられた(奥でくいっと管の先を耳のほうへ
回されて普通に痛かった)で、左耳にもなんか
パイプみたいなのを突っ込まれて、いきなり
掃除機みたいなぶおおおって音が響いて、鼻の
奥から左耳へなんかずぽって抜けていった。「はい
水抜きましたからね~」って言われたけど管抜けて
少しのあいだ詰まった感じがして本当に抜けたのか
これ、というか痛いです。涙出ました。痛いorz
喉もちょっと炎症があるとのことで口から消毒液
浸した綿みたいなの入れられて嘔吐く一歩手前あたり
のところをちょんちょんと消毒されて涙目。
その後は吸入?してってくださいと言われて鼻に
パイプ突っ込まれなんか霧みたいなの吸ってきた。
で薬もらって薬局を出る頃には一時。受付したときは
二時の園バスまでに帰れるかしらと不安だったので
よかった。お昼まだだったので本屋さんに行き、
併設するパン屋さんで食事。家に帰るとちょうど二時で、
布団を取り込み園バスを迎えて子供たちを引き取り。

で、この日は一ヶ月前から子供たちの歯医者の
検診を予約していて、二時半だったので歯磨きして
即歯医者へ。というか息子の上の奥歯、両方とも
なんか黒っぽいんだよなぁ……息子は歯ブラシを
噛んじゃう癖があるし、仕上げ磨きはいつも夜で
明るくないから奥のほうよく見えないまま終わらせて
いるから、気づかぬうちに虫歯できちゃったのかな、
と思って診てもらったら、案の定奥歯全部虫歯orz
しかも下の歯も虫歯で、合計六本も虫歯発見orz
なんだろう、始めて検診して虫歯だって言われたときは
ちゃんと仕上げ磨きしていないからだわうわーん、
と大いに反省したんですが、なんか二度目ともなると
「そりゃあんだけ飴でもチョコでも食って
アクエリアス飲んでりゃ虫歯にもなるわw」って
なんか開き直ってしまいまして。先生に「ジュース
控えてね」と言われるのには神妙に謝りながらも
内心ではそこまで傷つくこともなく、息子には
「虫歯あるから治しておこうね~w」って白々しく
笑いかける程度には図太くなりましたとも。へっ。
少し離れた椅子で娘も診てもらいましたが、そちらは
虫歯なしで、再び歯石が溜まっていたのでそれを
取ってもらい、歯のクリーニングとフッ素を塗布して
もらいました。すごくないですか? これ全部一人で
できたんですよ! 衛生士さんや先生の質問にも一人で
全部答えて、たった一人で治療が受けられたんです!!
虫歯の治療とかだったらパニクっていたかも知れないけど、
検診だって最初行ったときは半泣きで嫌がっていたから
すごい成長ですよ!! 歯医者でバイトしていたことあるから
六歳で一人で座ってちゃんと受け答えして治療を受けられる
子が結構すごいってわかっているから普通に感動でした!
息子も削られている最中は「ひ~ん」って情けない
声を上げていたけど全然動かなかったし、泣かなかったし。
まぁすでに経験済みだから多少慣れたのかもしれないけど。
しかし「歯磨きは悪くないのになぁ」って先生言っていたけど
わたし不良母なので割と歯磨きサボりがちです……
それでも磨き方がいいと褒められる不思議……
いいけど虫歯はいっぱいという結果……まぁそんなもんよね。

無事に治療を終え帰ってからは洗濯物を取り込み
三日分溜まった服を全部たたんでしまって、翌日は
土曜保育でお弁当が必要だから、ささみを切って
唐揚げにするための下味つけて、米をとぎ、
子供たちを風呂に放り込み、寝室を整え、園から
持ち帰った鞄の中身を片付け、カトラリーを洗い、
唐揚げを揚げて子供たちにご飯食べさせると言うね。
食べている最中に夫が帰ってきたので夫のぶんの
ご飯も用意して、食べ終わったら片付けて麦茶を
仕込み再び米をとぎ自分も風呂に入り寝かしつけ……

と、なかなか濃い一日を過ごしたわけです。
変な夢は見るわいきなり耳が詰まって耳鼻科に
駆け込んだ挙げ句痛い思いをするわ息子は虫歯
六本もこさえているわけで、まぁなかなか大変な
一日でした。疲れが翌日に残っていたらしくて、
土曜日はひたすら校正を頑張ってお迎えの時間
ギリギリに終わり、もう余力残っていなくて
夕食はコンビニで買ったという体たらく。なのに
その夜、娘が園で見た映画が悲しかった、思い出して
怖くて眠れない、と泣きながら言うため、娘が
眠くなるまで二時間半も笑い混じりのお話しして、
喉は枯れるわこっちが寝不足だわで、まぁとにかく
微妙に大変な二日間を過ごしておりましたとさ。

忙しいときは忙しい、そんな主婦の日常。
一歳児と新生児抱えてワンオペしていたあの頃に
比べりゃそれでも楽になったとしみじみ思いますがね。
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新年のご挨拶

遅まきながら新年明けましておめでとうございます。
今日は一月七日、七草がゆを食べて正月で重くなった
胃を軽くしてやろうぜみたいな日ですが、わたしが
スーパーで買ってきたのはチキンカツを揚げるための
鶏胸肉とパン粉。胃を休めるより子供たちの胃を
満たすことに必死な母なのです。好き嫌いの多い奴らめ。

お正月は皆様いかがでしたでしょうか?
うちは特に遠出とか帰省もせずにずっと家にいました。
出かけた先も市内で完結しましたね。お昼ご飯は
とにかく作るのが面倒くさくて連日外食ばかり。
夫がパチンコで宛てたので最終日の日曜日は
ちょっと奮発してすたみな太郎行ってきました。
でも子供たちの面倒見ているうちに時間が
過ぎていくので全然食べた気がしない……orz

そしてクリスマスあとくらいに校正が届いたので
なにげに年明けてから日曜まで必死に仕事を
していました。無事に昨日担当様にお渡しした
次第です。この作品は近日刊行予定ですので、
予告が出次第またご報告いたしますね~ノシ

仕事で必死になっていた以外は平和にのんびり
していました。一番嬉しかったのは箱根駅伝で
母校の國學院大學が総合三位になったこと!
往路に関しては二位ですよ! 往路は優勝を
狙っていて残念だったと言うことですが、いやいや
二位でも充分立派! この十年とにかくシード圏内に
入るのが目標で、目標を掲げながらも復路の十区で
たすきが繋がらずに繰り上げスタート……とかも
あったから、本当にこの十年で進化というか
飛躍というか、すごい結果を残してくれて本当に
ありがとうという気持ちでいっぱいでした!!
総合三位が決まったあとの監督の男泣きに
こっちも泣かされましたともw 来年以降も
応援していきます! 頑張れ國學院大學!


夫は昨日が仕事始め、子供たちの幼稚園は明日始業式
ですが今週から預かり保育開始だったので、昨日今日と
すでに預けております。娘が預かり保育すごく嫌がって
直前まで行きたくない行きたくない行きたくないって
駄々をこねていましたが、まぁ頑張って連れて行ったら
昨日帰る頃にはけろっとした顔で「楽しかった~w」って
言っているんだから、本当に行きたくないのか久々で
緊張しているだけなのか、単にサボりたいだけなのかの
見極めって本当に難しいですね。いやだって言っていた
ときは一緒に遊ぶお友達がいないとか男の子がうるさいとか
追っかけてくるとかいろいろ言っていたのですが。
まぁ今もそう思っているのでしょうけども。
幼稚園でさえこんな感じなので、四月からの小学校
大丈夫かなと今から気が気ではない母であります。
今月末には一日入学もあるし、それまでに就学前
検診で引っかかったから眼科にも行っておかないとだし、
ランドセルもいい加減そろそろ買わないとだし……
でもあんまり早く買って家に置いておくのもさぁ……
入学前に遊びまくっていじりまくってすごくぼろく
しちゃわないかと心配なんだよね。置き場所もないし←

息子のほうは十二月の行事が終わったら子育て相談に
連絡しようかなと思っていたんだけど、いい感じに語彙が
増えてきているし、三語文も出てくるようになったから、
うーん、そんなに心配いらないのかなぁ? とか思い
始めちゃって。「ママ、みかん美味しいねぇ」とか普通に
言えるようになってきてるからなぁ……でも幼稚園の
様子を自分から話したりとかは全然ない。お友達の
名前とかきちんと覚えているんだよな。発表会の自分の
ダンスを、わたしのスマホのアルバム起動して見て
踊り始めたり。で、一緒に踊っている子たちを差して
「しょう君!」「とも君!」「じゅん君!」とか名前
普通に教えてくれたし。発音がまだ舌足らずだけども。
単に無口寄りなだけなのか? 感情の起伏とかは
年相応にあるしひらがなも上手に書けるからなぁ……
年少さんでひらがなもアルファベットも読めて
書けるならそれなりに賢いほうだと思うんだけども。

子供たちはそんな感じで親はのほほんとやっております。
正月早々夫は仕事が鬼のように忙しくなると言ってますので
わたしのワンオペ育児はこれからも延々と続くorz


あぁあぁぁあとにかく今年は上半期です、上半期!
娘が無事に入学してGWの行き渋りも越えてなんとか
平凡に小学校に通ってくれる、これを見届けない限り
たぶん精神的に落ち着くことはできないです。わたしは
今から入学どころか月末の一日入学ですら死にそうな
気持ちで待っているのに。なんかもその日が処刑日くらいの
勢いで待っていますよ? 入学式が希望にあふれている
ものじゃなくて地獄の始まりとかだったらどうしようって
悪いほうにばかり想像していますよ。わたし自身が
環境の変化にものすっごい弱いんです。めっちゃ緊張
しまくるんですよ! 人前で作文読んだり歌歌ったりは
全然緊張しないでできるけど、新たな環境に足を
踏み入れることに関しては毎度断頭台に立つくらいの
恐怖と緊張にまみれて冷や汗だくだくなのです!
一年生になったら友達百人できるかな♪ とか
歌ってる場合じゃねぇんだよ! 勉強についていけないとか
すげぇ鬼のような担任に当たるとかクラスでハブられるとか
いじめに遭うとかなんならいじめの加害者側につく場合
だって出てくるだろうし、そういうことしかこちとら
頭に浮かんでこねぇんだよ! 楽しみなことなんて
なんにもねぇよ!! という感じで日々思考だけで胃が痛い。
別に自分が入学するわけでもないのにつらい……orz

ねがネガティブ思考だと本当に少しも前向きなことを、
考える以前に思いつくことすらできないので、日々常に
雨一歩手前の曇り空みたいな気持ちで生きてます。

今年もそんな感じでネガティブって、四月が近づくにつれ
死にそうな記事ばかり書いていくのかなと思いますorz

こんな状態ですが今年もよろしくお願いします……(瀕死
(この記事内容でその挨拶をよくできるなと自分でも思う

年の瀬のご挨拶

毎年「今年なにがあったかな~」と思いながら
年の瀬のご挨拶をするのが習慣化している気がします。
こんにちは、佐倉紫です。今年もあと半日です。
皆様にとって2019年はどんな年だったでしょうか?
4月に新元号が発表され、5月に「令和」になった
歴史的な一年でした。皇室関連のニュースもすごく多くて
華やかだったし、ラグビーワールドカップはまさかの
ベスト8入りで本当に盛り上がりました。ただ元号が
変わる前後で無差別殺人とか交通事故とか虐待死とか、
胸が痛くなるニュースもとても多くて、明るいことと
暗いことの落差がかなりある年でもあったなと思います。
九月以降は千葉県を始め台風被害が全国的にもひどくて、
未だ屋根はビニールシートで覆われたまま新年を迎える
方々もいらっしゃるのだと思うと本当に悲しくなります。
西日本でも大雨がありましたしね。災害多すぎるぜ日本orz
台風19号に関してはわたしの実家も被災しまして、
車二台がお釈迦になり、家も床上浸水30cmで、床を
張り替えたり畳を張り替えたりいろんなものを処分したり
大変な下半期でした。もっともわたしはその様子を
電話で聞いて「へー」ということしかできませんでしたが。
そしてなにをやっていたかと言えばNintendoswitchで
ひたすらゼルダの伝説をやっていた。駄目じゃんね。
お盆までは仕事に対するモチベーションが結構あって
忙しくてひーひー言っていたんですが、なんかそれが
落ち着いた瞬間にぷつっと糸が切れちゃったのか、
仮面ライダー見てみたりswitch買ってずっとプレイ
し続けたりみたいなことが多くて我ながら不思議でした。

思えば娘が生まれてから息子が入園するまで五年近く、
ずっと育児と家事と仕事ばかりで、その延長で
八月まではやる気も続いたけど、募りに募った疲れとか
押さえていたやりたい欲とかが噴き出してきたのが
この下半期だったのかなと思います。それに下半期、
なにげに夫がずっと残業続きだったので毎日毎日
ワンオペ育児だったんですよね。もう子供たちも
大きくなって二人でお風呂に入ってもらったり、
放っておいてもある程度の時間は勝手に遊んだり
動画見ていてくれたりするようになったけど、やっぱり
家に子供がいて、それを一人で見ている時間が
長いというのはストレスなんでしょうね。仕事も
全然頭が回らなくてよけいにゲーム機ばかりいじるような
生活になっていた気がします。不摂生この上ない。
しいたけ占いで有名なしいたけさんの言葉曰く、
水瓶座のこの下半期は「プライベートの再構築」が
テーマだったとか。確かにこれまでストイックに
仕事してきたぶん、プライベートでやりたいことも
もっとやりたいぃいいいい! って潜在意識が
どっかで働いていたのかなぁとも思います。

そう思えばプラスだったのかも知れないけれど、やはり
総合すると「なにもしていなかった」という一年だった
気がして、今年の漢字は『駄』が上がりますね。
無駄、駄目、みたいなマイナスな要素が強いです。
来年は娘が小学校に上がるのでGWまではバタバタで
わたしも精神的におかしくなっていると思いますが
(よく覚えていないけど今年の三月四月もそんな感じ
だったらしいです。息子の入園に際してあれこれ
悩んでいたよとTwitterでご指摘をいただいた。
わたし自身はそのことをちっとも覚えていない……)
GW越えればなんとかなるのかな……と思って
とにかくやっていくしかないなと考えております。
のっけから不登校とかになったらどうしようかな……
子供のことが心配というより自分が仕事できる
時間が確保できるかどうかが心配になってくる……

一方でプライベートの再構築というか、自分の
身体をケアする時間は増えたなと感じております。
虫歯だらけだった歯も夏に入る前に全部治療終えたし、
これまでネットから海外で安いピルを買ってましたが、
やっぱりPMSどうにもならんので新しい婦人科に
行ってみて、乳がん検診や子宮頸がん検診もして、
新しいピルももらいました。このピルがちょっとでも
飲み忘れとか時間がずれると容赦なく不正出血を
起こしてくる強い薬なのですが笑 生理前と生理中の
身体症状(腰痛いとか頭痛いとか)は多少あるものの
精神的なイライラとかはほとんどなくなりました!
まぁこれは一人時間が増えたのと関係してくるとは
思うのですが。以前は生理前一週間から生理終わるまで
まるまる二週間以上苦しんでいたのに、今はそういうのが
すっかりなくなったのですよ! おかげで出血起きても
「あら、道理で最近胸のあたり痛かったわけだ」とか
逆に驚くくらい! 出血量とかも少ないし、やっぱり
医者が出す医者しか出せない薬は違うわ……と実感
できたのはとてもよかったと思います! 久々に
献血にも行けたし、献血もできたしね。よかった。
自分の身体を大事にできたというのは本当にいいことでした。


さて、そんなこんなを踏まえて、昨年末に
立てた今年の目標を振り返ってみますが。
①去年の反省を生かして今年は各スペースが小さな
 手帳を買ったのでそれを頑張って活用しよう
 →達成できました! ちゃんと今日まで埋まってます。
②なにかしらの公募に応募したい
 →eロイヤルロマンスに応募して見事一次落ちでした☆
③ブログ週一回更新
 →無理でしたブログ派の方ごめんなさいorz
④『楽園にて~』完結
 →無理でした来年こそ必ずorz
⑤『呪われ姫』多少手をつけたい
 →無理でしたもう毎年無理だと言い続けているorz
⑥家計簿こまめにつけてレシート溜め込まない
 →できました! 一ヶ月以上は溜め込まなかった!←
という感じでした。やれやれ……

それを踏まえて来年の目標です。
①年末までに積本をなくす(紙書籍が80冊、
 電子書籍が100冊くらいあるのかな?)
②温かくなってきたら家の整理をする
 (娘が入学するに当たりスペースを確保したい)
③『楽園にて~』完結させる
ひとまずこの三つ! 少なっ!
でもたぶんこれくらいがちょうどいい!!
だってここ何年かの目標見直してみたけど
だいたい達成できてるの一個か二個で
あとは駄目な奴ばっかりなんだもん!!←

ということで来年も頑張っていきたいと思います。
今年もお世話になりました。
来年もよろしくお願いいたします。

台風19号(3/3)

とにかく保険のことやら車のことやらあれこれ
あって、最初の一ヶ月二ヶ月は大変そうで、わたしも
行きたいと思いつつなかなか行けない日が続いて
いましたが、今月に入ってようやく実家を訪れる
ことができました。用件としてはわたしが実家に
置きっぱなしにしていた漫画を引き取るためです。
一階が水に浸かっちゃったので、父も母も持っていた本など
売ろうということで整理を始めたようで。ならわたしの
小説や漫画も全部売っていいと言ったのですが、
よくよくラインナップ聞くと「やっぱり売らないでー!」
というのもありましてね。引き取りに行くことにしました笑

災害当時は使えなくなった国道を使って実家へ向かいます。
片道一時間ちょっとの道のり。あいだの市はテレビでも
何度も見てきた水没した地域です。JRの小さな駅前には
大きなトラックが何台も止まっていました。
車道の両脇にある歩道の端には乾いた泥がまだ
残っていました。ひしゃげたガードレールや、流れ着いたと
おぼしき流木がそのままになっているところもありました。
去年オープンしたパン屋さんは盛況らしくいっぱい車が
止まっていましたが、少し行ったところにあるケーズデンキは
未だ休業中の札が。その隣の大きなドラッグストアは
駐車場の半分が立ち入り禁止になっていて、たくさんの
がれきや枝が積み上がって、ショベルカーが仕分けしてました。
このまま潰れちゃいそうだな、という感じの営業していない
パチンコ店の店舗がありました。道沿いに建つ普通の
お宅は、玄関の横に無造作にプランターを積み上げていました。
災害翌日Twitterに上げられていた水没した店舗は
営業していて、車もたくさん止まっていました。
そして実家の近くを流れる川は、氾濫したのが嘘のように
水がちょろちょろしか流れていない。その両脇には
ここ数年ずっと工事が続いていた補強用のコンクリートが
無残に崩れた状態で山積みになっていました。数年前の
台風で下水が逆流して、やはり近隣が水浸しになったことがあり、
それを防ぐためにした工事だったのに、今回の台風で
その苦労も税金も全部おじゃんになったという紛れもない証。

ようやく実家に到着です。ちょうど台所のリフォームが
入っていて、新しいキッチンを入れている最中でした。
母が出かけていたようで、出迎えてくれたのは父でした。
居間は使えないので、洋間を居間にして過ごしていた様子。
家で一番どでかく思い本棚がそのままになっていて、
中の図鑑とかレコードとかもそのままなのにはあきれましたが。
「この際手放すものといったらこのレコードの山でしょ!
この辺全部水に浸かったんでしょ? 浸かる前から
カビだらけだったのになんでまだ取ってあるかな!?」と
責めるわたしにいやそれだけは捨てられないと言うあたり
収集癖のある男って奴は。隣の寝室は畳を張り替え
綺麗になっていて、タンスなども数は減ったけど
そのまま入っていました。押し入れのふすまがそのままで、
水がここまで入ってきたというのが一目でわかる
ようになっていました。床上30cmくらいだったようで。
母がたくさんの本をしまっていた場所はクロゼットになり、
本も最低限のものを残して処分の段ボールに詰められて
いました。最低限の中になにが入っていたかはわかりませんが、
「玉紀直先生と御堂志生先生は捨てたくない……」って
電話口で言ってたし、たぶん井上美珠先生も残していそう。
「わたしがあげた佐倉紫の本は全部売ってくれて
いいよ。二束三文にはなるから」と言ったのですが、
わたしが持ち帰った漫画が入った段ボールを開けたら
全作品そのまま戻ってきました。さりげに感じる母の愛。

母が帰ってくるまで父とあれこれ話しました。
主にお金の話。どういう保険に入っていたかということ、
おかげで車はどういうのを買って、いくら損をしたか。
住宅に関しても他の人があまり入らない保険の種類に
入っていたらしく、補償があったおかげで家の修理は
まぁ損はなくトントンで済みそうだということ。
被災前に予約していた旅行にも行くことができたようで、
年を越えることもできない……みたいな悲惨な
暮らしをしているわけではないとわかっただけ
ほっとしました。ですがそれは実家が水没初だったからこそ。

というのも、実家がある集落は二十件くらいの家が
昔から建っているのですが、うちの実家とあと何件かを
のぞいて、すでに二回も浸水被害に遭っているんです。
一度目はわたしが中学三年生のとき。台風翌朝に
外の様子はどんなもんかねと寝起きのまま二階の
自室の窓をあけたら、目の前の道路が泥水だらけだった
のはよく覚えているところです。幸い実家は少し高いところに
庭があり、その上に家を建てていたので、水が
ギリギリ入ってこなくて済んだのです。でもお向かいさんとかは
普通に床上まで入ってきていたようで。
そして二回目がわたしが実家を出たあとのこと。まだ
十年は経っていませんが、そのときは実家家族も近くの
避難所まで膝まで水に浸かりながら避難したらしく。
やはりうちは無事でしたが、お向かいさんたちまた浸水。
で、今回が三度目だったんです。過去二回は浸水を逃れ、
避難するほどだった前回も大丈夫だった経験から、
父も母も避難しなくても大丈夫だろうと油断していた、
と正直なところを語っていました。三度目の正直、
ではないですが、今回は我が実家すら被害にあいました。
そんな感じですから、すでに過去二回も浸水被害に遭い、
三度もこんな目に遭ったとのことで、引っ越しを決めた
お宅もいくつかあったそうです。無理ないよねorz

我が家の向かいはわたしが高校の頃から空き家になって
いましたが、五、六年前に認可外保育所として
オープンしていたんです。割と利用している方も
多くて、小さい子たちがお散歩にでかけるところを
わたし自身見たことがあったのですが、今回浸水した
ことで衛生面に問題が出てしまい、閉所を余儀なく
されてしまいました。保育所不足が叫ばれる昨今、
需要があっただけに本当に残念な話です。

という感じで父と話しているうち母が帰宅。さて
ランチに行こうぜ、ということで車を走らせる道中、
「水道庁舎はもう市役所の人間全員くらいきたんじゃ
ないかって感じで、必死に泥かきやっていたよ」とか
「そこの三角コーン置かれているところの側溝ね~、
どっからか流された車がすっぽり入っちゃってたわ」とか
「この辺の道は泥だらけなのにもうちょっと
行ったところは全然被害が無かったのよ! ひどい差よね」
とか「市内の小学校には京都から自衛隊がきていて
お風呂提供していたわよ~」なんてことを
つらつら聞きつつ。洒落た店で洒落たランチを
食べたあとも諸々話は尽きなかったです。
まさに笑えない話を笑い飛ばしてきたって感じ。

そのうち新築祝いするからきてね~なんて言われて
その日は別れました。そしてまだ爪痕がそこここに
残された国道を運転して帰ってきたという。

なんというかね……
うちは運がよかったほうだと思うのですよ。
家も車も相応の保険が入っていたから
そこまで金銭的に苦労はなく(いやあるけど全然。
でも年を越せないって感じではないから)、
車も新しく買えたし、親戚の中で商売している
ひとがいて、2トントラック借りることができたり、
休みのたびに手伝いにこられる男手もいたから。
でもどこの家庭もそういう人間がいるとは限らない。
お引っ越しした家もあるけどそうじゃない家も
もちろん周辺にはあって。ましてうちの実家より
ちょっとかさ上げしたところ、最近新興住宅地になった
地域なんですが、そこはほとんど築十年に満たない
まだまだ新築と言える家に住んでいる方々ばかり
なんですよ。まさか家買って数年で川が氾濫して
水浸しになるなんて思ってなかったと思うのですよ。
その点うちは築35年だし。これを機に床を張り替えて
畳も変えてあらちょっと綺麗になれたかしら、なんて
言っている心の余裕もあるから、運がよかった。
実際ご近所で工事が進んでいるお宅はうちともう一軒
くらいしかないと両親は言っていました。人手が
ないとどうにもならない現実ってあるんだなって
すごく実感したし、同時に家を持つというリスクを
ものすごく感じた一件でもありました。

わたし今年の一時期すっげぇえええ家が欲しい! と
思った時期があったのですが、実際に家が浸水したら
とか考え出したら悲惨な未来しか見えなくて……orz
その点、雨風すごくなってひーっとなった台風
当日の夜も多少は気が楽なところあったんです。
暴風で屋根が飛んだらアウトだけど、浸水したとしても
まぁ二階まで水はこないだろうから、もし水がきたら
潔く引っ越しすることにして、学区内で無事だった
地域に移動しようぜ、なんて夫と計画立てたくらいですから。
やっぱ賃貸って気楽でいいなと実感しました。
が、子供たちがやっぱりどったんばったん暴れたり
扉にテープ貼っちゃって、剥がすときに塗装まで
禿げたみたいなことがあると、本当にイライラ
しちゃうんですけどね。結局一長一短なんだorz

ということで台風19号に関してでした。
当日の恐怖もそうなのですが、その後にどうなったかを
書き留めておきたくて、あえて時間をおいてからの
記事執筆になりました。あれから約二ヶ月半、
どんなに急いでもようやく台所を新しくしようか、
みたいな修繕状況なんですよね。もうほとんど
報道もされなくなったから、被災地が実際どうなって
いるかは知るすべがないんです。それだけに
この記事を読んだ方が「そういうふうになるのか……」
みたいな雰囲気だけでも伝わったらいいなと思います。

台風19号(2/3)

とにかく子供たちを寝かしつけて自分たちもなんとか
寝て、翌朝の七時。母から疲れ切った声で応援を
頼むとの電話を受け、夫をすぐに起こして。夫も
手が必要だろうなと前日から思ってくれていたらしく、
すぐに起きてあれこれ支度してくれました。
なにが必要かと聞かれても実家の家族も被災するなんて
初めてだからなにが必要かもわからない状態。とにかく
欲しいのは人手! あと段ボール! ということで
家にあった段ボールをとにかく全部夫の車に乗せ、
ほかにもゴミ袋、水、ガムテープ、軍手、食料、
現金、モバイルバッテリー、ビニール袋、タオルなんかを
夫に持たせて送り出しました。夫は防塵マスクや
作業用の長靴なんかを市内のワークマンで揃えて、
そのまま実家へ。ですがわたしがいる市と実家の
あいだにある市や町もことごとく浸水被害を受けていて、
国道が通れない状態に陥っていました。なので夫は
結局いったん引き返して高速を使う羽目になり、
到着したのは十時頃。とにかく泥のかき出しをしたそう。

残されたわたしはなんもできない現実に打ちひしがれつつ、
綺麗に晴れた空と強風を感じながら洗濯機を回し、
養生テープと段ボールを窓から剥がし、子供たちに
ご飯を食べさせてテレビを見ました。なんとも
ひどい状況……しかも台風自体はまだ本州にいて、
その後東北のほうにもひどい被害を残していきました。

子供たちを遊ばせながら、なんとか実家の周辺の
様子がわからないものか、有益な情報はないか、
と思って頼ったのがやはりTwitterでした。実家の
市の名前で検索するだけで悲惨な画像がどんどん
出てくる。実家に行くときに必ず通る道が泥だらけで、
何年か前にオープンしたスーパーやドラッグストア、
ホームセンターの一階が水没している写真やら、
避難所に水が入ってきている状態やら、駅も
水浸し、なんならJRの線路が流されている!
みたいなとんでも画像がとにかく山ほど出るわ出るわ……
そうして情報を集めていくと、うちの本当にすぐ近くの
川の堤防の道が決壊してしまって、そこから川の
水があふれて、市内でもかなり大きな認定こども園が
水浸しになってしまっている写真とかも出てきて。
この認定こども園はその後もテレビに取り上げられて
園長先生の途方に暮れたコメントなんかも何度か
見ることになりました。またこの認こ園の道を挟んだ
向かいには市の水道庁舎があり、下水処理なんか
ここで全部やっていたんです。そこが全部泥水に
浸かったわけで。川も二つの流れがちょうど
合流するところが近くにあるもので、それでよけいに
水かさが増して決壊に至ったのだろうと思いました。
いつも使っている道、いつも使っていた店、施設、
そういったところがことごとく水浸しになっている
光景はなんとも現実離れしたものです。

こういうとき市のHPなんかは繋がりにくく
なるものですが、Twitterはそういうことはなくて、
市の名前で検索するとたいてい市の公式アカウントが
出てきて、そこから情報を得ることができたのが
時代の進歩という感じでした。その日のうちに
市内の農業高校に自衛隊が給水を行いにくると
出ていたので、実家家族の電話してそれを知らせたり。
小さい子供がいるだけにわたし自身が現場に
向かうことはできなかったので、とにかく情報を
集めて提供することが、わたしにできる精一杯で、
唯一のことだったと思います。それでももっと
できることなにかないんだろうかと思って、当時も
そうでしたが、今も思い出すだけで泣きたくなります。

その日、夕方になる前に実家から連絡ありました。
実家家族は当然のごとく徹夜で、朝の五時くらいで
明るくなると、父はすぐに起き出して、警告音
ビービー発してうるさい車を止めに言ったりして
動いていたそうで、日が暮れるまで作業をする
体力はなかったそうで。夫がすごく頑張って
くれたからありがとうと連絡をくれました。
実家の作業に関して夫は本当に頑張ってくれました。
もともと休みは週一で日曜だけなのに、それを
二週間も犠牲にして実家のほうへ手伝いに行ってくれたし、
まして台風翌々日の月曜祝日は子供たちの運動会。
疲れているだろうにきちんと幼稚園にきて、
子供たちの頑張りを見てくれたんだから感謝です。
翌週の日曜も夫は実家に手伝いに行ってくれて、
泥かきをしたり、率先してあれこれやってくれたみたいで。
わたしがなにもできないぶん夫は頑張ってくれました。

わたしはと言えば毎日SNSに張りついて被災状況を確認、
市の公式Twitterが「消毒する前調査にご協力ください」と
言って家に入ってくる市の職員を名乗る人間がいますが
それ詐欺師だから気をつけて、なんてツイートをすれば
すぐに母に電話して「こういう詐欺あるから気をつけて!」と
言ったり。実際に消毒が入りますとツイートされたときも
連絡してみたり。あと作業するときは必ず防塵マスクと
ゴーグル、なければ絶対に眼鏡で。作業後は顔を洗って。
粉塵は喘息とかもそうだけど目に入ると結膜炎の
原因になるから、と言ってみたり。浸水の写真を
取るのはもちろん、壊れた家電はメーカーによっては
補償が出るから型番とか控えてと言ってみたり。あんまり
頻繁に電話入れても迷惑かなと思って控えてみたり……。
幸いだったのは実家の両親もそれなりに備えていたらしく、
水や食べ物に困ることはなかったそうです。むしろ
被災翌日、伯母や祖母も手伝いに来たときにいっぱい
おかずを差し入れてくれたみたいで、食べきれない、腐るw
と言っていたくらいでした。やっぱ近くに頼れる
親戚がいるって強いな、としみじみ思った件。
伯母や祖母の住まいの近くにもそこそこ大きい川が流れて
いるから心配していましたが、そちらは決壊などは
大丈夫だったそうで安心しました。祖母なんて80越えて
一人暮らしだから本当に心配でしたが。その祖母すら
翌日に片付けの手伝いにきたのだから、本当に
今回の台風とんでもない被害をもたらしたのですよ。

また断水や停電も三日もせずに普及したのも幸いでした。
そして車は二台持っていたのですが、そのうち一台は
まだ車両保険がついていて、翌日にはすぐに台車が
やってきて、レッカーの手配もスムーズに済んだそうです。
田舎だけに車がないと買い物とかにもいけないし、
買い物行こうにも近くの店は水没しているし、みたいな
笑えない状況だったから、車が一台だけでもすぐに
手に入ったのは不幸中の幸いでした。市内の
スーパー銭湯みたいなところは被害を免れたので、
お風呂に入りに行くこともできたそうです。
泥だけの靴で行ったせいで入り口めっちゃ汚して
きちゃったw なんて母は笑っていましたが。

被害から二週間後にはボランティアが入り、水を吸って
まったくびくともしなかった畳を上げてもらったり、
家具も動かしてもらったりして、ずいぶんすっきり
したそうで。ボランティアを当てにするなとは
言いますが、実際にボランティアの屈強な男性たちが
いなかったら作業は遅々として進まなかっただろう、
というのが正直なところです。親戚中の男手が
四人五人集まってもびくともしなかった畳や家具を、
ボランティアの方々はすぐに運び出してくれたとの
ことですから。また市内でも端っこというか、本当に
年寄りしか住んでいない地域、集落でしたから、
住んでいる方はみんな老人なのですよ。親戚も
離れて住んでいるひとも多い時代です。ボランティアの
手がなかったら今も大変な状況だったかもしれません。
お顔も知らないボランティアの方々ですが、
実家にきてくれてありがとうと本当にお礼を言いたいです。