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『呪われ姫』完結記念

はい、『呪われ姫』昨夜で完結しております。
第二部があるということで、
「完結タグついているくせに終わってないのか!」と
お思いになるかもしれませんが、
きちんとキリのいいところまで書いてあります(汗
むしろハッピーエンドのラブロマンス作品として
読むならここで完結でOKなところ。
第二部はいわば後日談でもありますからね。
結構壮大な後日談ですが(汗
紛らわしくて申し訳ないです。

ということで完結記念にSS投下。
といっても新作ではなく、
本編第五話『夜の儀★』を
リーシュ視点で書いてみたというだけのもの。
最後の十話を書くに当たって、
最初からばーっと読み返したとき、
な~んか書きたいなー、と思ったので
書いてみたというただそれだけ。

ご興味のある方はどうぞ。


***

「あとは自分でやります。下がっていいわ」
 目の前に広げられた夜着を見下ろし、リーシュは素っ気なく命じる。
 それまでこわごわとした手つきで彼女の支度を調えていた女官たちは、一様にほっとした面持ちで、そそくさと女王の部屋から退室していった。
 ひとり残された部屋で、リーシュはふーっと息を吐く。
 身体に巻き付けた大判の布を床に落とすと、彼女は手早く新しい夜着に袖を通した。
 婚姻の初夜のためだけにあつらえられた、絹製の薄く軽い夜着。
 最上の生地が肌を滑る感覚は素晴らしかったが、それを纏うリーシュの心は、夜着の色と同じように暗く重たく沈んでいた。
(こんなに早く、王冠を戴く日がくるなんて……)
 戴冠式の際、頭に乗せられた王冠は、今は執務机の上に置かれている。
 あとで宝飾係が持ち帰り磨いておく手はずになっているが、女王の手にふれたものを彼らがきちんと管理しようとするかは謎だ。
 『呪われ姫』のふれたものには、もれなく呪いがついてくる。いったい誰がそんなことを言い始めたのだろう。この夜着も、戴冠式と結婚式で身につけたドレスも、明日には燃やされ灰になっていることだろう。
(国費の無駄ね……)
 そんなことを考えてしまうのは、これから待ち受ける夜の儀から、少しでも意識を逸らしたいせいだろうか。
 これから待ち受けることを思って、リーシュはきつく目を伏せる。
 結婚とは、ただ神官に祝福をもらって終わりではない。本当の儀式は夜に用意されている。
 貴族たちはどうかわからないが、王家の婚姻では、夫婦となった者たちが『白い結婚』とならないよう、王国の要人や神官たちの前で契りを交わすことが義務づけられているのだ。
 代々の王と王妃が通ってきた道ではあるが、だからといって気が楽になるわけでもない。
 まして、契りを交わす相手は、今日初めて顔を合わせた隣国の王子だ。顔見知りであればまだここまでの緊張はなかったかもしれないが、なまじ知らない相手なだけに、リーシュに対してどんな反応を見せるか、まるで見当もつかなかった。
(式のときは、とても落ち着いた方のように見えたけど……)
 リーシュの髪を洗うのにも、全身をぶるぶる震わせていた侍女たちとは大違いだ。ヴェール越しだからよく見えなかったが、アグレッセンからやってきた王子は、終始自然体で、宴席では朗らかな笑みを浮かべ楽しんでいたように思える。
 ふと、リーシュは祝宴で、自分も彼もなにも食べていないことを思い出した。
 夜のことがなくても、大勢の前に『呪われ姫』として出て行くことの緊張で、食欲などとうてい湧かなかったリーシュだ。
 だが隣国の王子が彼女と同じだったかと言えば、きっと違うはずだ。リーシュは少し考え、壁際に下がる紐を引っ張った。
 遠くで鈴の音が鳴り、侍従が全身を震わせながら入ってくる。
「お、およびでしょうか、陛下」
「王子殿下……いえ、公爵閣下に、なにか夜食を差し入れるように。すぐに口にできるような簡単なもので構いませんから」
「は、はいっ、すぐ厨房に伝えてきます」
 侍従はそれだけ言うと、すたこらと部屋から逃げ出していった。
 今さら侍従や女官にそのような態度を取られたところで傷つくことはないが、多少憂鬱になるのは仕方がない。
 リーシュは再びため息をつきつつ鏡台に座り、洗い立ての髪を乾かして、丁寧に櫛を通した。
 夜の儀――初夜。
 男女の閨のことなど、ひとつも知らないリーシュだ。恥を忍んでどんなものか尋ねてみたが、具体的な答えは返ってこなかった。
 愛する者同士のふれあいと言えば、口づけくらいしか思いつかないが、そもそもリーシュと夫となった王子は愛し合ってすらいない。そんな状態でどうやって契りを交わすのだろう。いったいなにを行うのだろう。
 考えれば考えるほど恐怖が募り、櫛を持つ手すら震えそうになる。
 だが時間は止まることなく、ほどなく神官が彼女を迎えにきた。
 緊張のしすぎで吐き気すら覚えながら、リーシュは彼らについて、夫婦の寝室へと入る。
 夫となった隣国の王子は、すでに寝台の上でくつろいでいた。
 頼んでおいた夜食は間に合っただろうか? これだけの衆人環視の中、『呪われ姫』相手に契りを交わすことを、苦々しく思っていたらどうしよう――さらなる不安は恐怖に拍車をかけて、否応なくリーシュの身体を強張らせる。
 そうなるともう息をするのも苦しくなって、リーシュは鳩尾あたりを押さえながら、ついその場に立ち止まってしまった。
 逃げ出したい。泣いてわめいて、ここから逃れることができたらどれほどいいだろう。
 ――そんな彼女の前に、そっと大きな手が差し出される。
 驚いて顔を上げれば、寝台の上から、王子がこちらへ手をさしのべていた。
 多くの明かりの中、印象的な金の髪が淡く輝いている。薄い青の瞳がわずかに和み、唇が親しげな笑みを描くのを見て、リーシュの心がわずかながら楽になる。
 すっと息を吸い込み、その手に手を重ねると、彼がきゅっと握り込んでくるのがわかった。
 その温かさに驚きながら、彼の手を借りて寝台へ上る。
「ただいまより、夜の婚姻の儀式を見届けたいと存じます――」
 顔を隠した神官長ジェノスが、厳かな声で宣言してきた。
 低い声で祈りの言葉が呟かれる。それが毎朝の潔斎を思い出させて、リーシュはつい、いつもそうしているように祈りの形に手を組んでしまった。
 するとそれが作法だと思ったのか、夫も同じように胸元に手を当て目を伏せる。瞼を閉じるとまつげの長さがひときわ際立ち、彼の美しい容貌を引き立たせるようだった。
 そうして祈りが終わり、ジェノスがするすると下がっていく。
 代わりに行為を見届けるため、何人かが寝台を囲むように近づいてきた。
 全員が覆面をつけ、顔を隠しているとは言え、身につけている衣服や記章から、どういった身分のものであるかははっきりわかる。
 幸いなのは、宰相であるムーアが同席していないことか。リーシュにとって彼は唯一の味方で、国政の指導者であり、父親のような存在でもあった。その彼にこんな場面を見られたら、羞恥が大きすぎて二度とその顔を見られる気がしない。
(もう、考えるのはやめにしなければ。いつになっても終えられないわ)
 リーシュは覚悟を決めて、自ら寝台に仰向けになる。心臓が今にも飛び出しそうなほど、大きく鼓動を打っていた。
(早く終わらせて……)
 祈るような気持ちで思ったとき、夫のほうも覚悟を決めたのか、リーシュの上に馬乗りになってきた。
 なにをされるのだろう。不安が頂点に達したとき、そっと、温かい手が頬にふれてきた。
先ほど手を握り返してくれたのと同じ温もり。リーシュは驚いたが、怖くて目を開けることができなかった。
 そのとき。
「すみません、陛下。なるべく速やかに終わらせるようにいたします」
 耳元で囁かれ、リーシュはさらに驚く。
 夫のものとおぼしきその声音は、本当に申し訳ないという思いに満ちているように思えたのだ。
『呪われ姫』である自分に、そんな気遣いを見せる者などいるはずがない。
(でも……)
 胸の中を、わずかな希望が駆け抜けていく。
 かすかに兆したその光を見てみたくて、リーシュはそっと震える瞼を押し上げた。
 すぐ近くに、自分をのぞき込む夫の顔があった。彼もまた驚いた様子でこちらを見返す。
 その青い瞳があまりに綺麗で、直視されることには慣れなくて、リーシュは慌てて言い添えた。
「どうぞ、お気遣いなく……閨では、公爵様のお好きなようになさってください」
 一言ではあまりに素っ気ないと思って、ついついよけいな言葉を言い添えてしまう。
 お好きなように、なんて、本当はこれっぽっちも思っていない。ただでさえ衆人環視の中で、恐怖がはち切れそうなのだ。
 優しくしてほしいとは言わない……だが、乱暴にはしないでほしかった。相手が『呪われ姫』に嫌悪を覚えていて、そんな相手と結婚せざるを得なくなったことに、腹を立てていないならの話だが……
 目を伏せ、ひたすらじっとするリーシュの頬を、温かな指先が包み込む。ぴくりと反応してしまったリーシュは、次の瞬間、柔らかな感触を唇に感じて、思わず息を呑んだ。
 温かく、柔らかくふれてくるそれに驚いて、リーシュはそっと薄目を開ける。
 夫の青い瞳がすぐ間近にあった。鼻先がかすかにふれあい、唇に押しつけられているものの角度が変わる。
 口づけられている――そう思った瞬間、胸の内にぼっと炎がともったような気がした。
 口づけは愛する者同士が行うもの――ずっとそう思っていたが、彼は政略で結ばれたリーシュにも、その唇を与えてくれるらしい。
 ついばむように、何度も何度も軽い口づけを送られ、リーシュの中の恐怖と不安が、ほんの少しだけ鎮まっていく。代わりに戸惑いが生まれたが、それも不快なものではなかった。
(……なんだか……)
 ちゅ、と軽い音を立てながら繰り返されるこの行為が、とてもよいものに思えてきた。くすぐったくて、なんだかもどかしい気もするが、とても……心がぽかぽかとしてくる。
 自然と身体の力が抜け、手足がくたりとなった。
 が、彼の手が夜着越しに胸にふれてくるのに気づき、緊張が舞い戻る。いつの間にか唇が薄く開いていることにも気づいて、慌てて引き結んだ。
「力を抜いて……楽にしていてください」
 薄い生地越しに、やわやわと刺激が与えられる。親指がそっと乳頭を押してきて、布地が擦れて、なんとももどかしい感覚を生んだ。
 いつの間にか胸の頂は凝り始めている。まるで寒いところに出たときのような身体の反応に、リーシュは大いに戸惑った。寒暖差によりそこが堅くなるときは、こんなもどかしい感覚など覚えないのに、今は熱いようなむず痒いような、不思議な心地がふれられたところから生まれてくる。
 と、夫の金髪がさほど深くもない胸の谷間に沈んだ。なにをするのかと息を詰めれば、
彼の唇が布地ごと胸の頂をくわえ込んでしまう。
 突然のことに驚くが、それ以上に、熱い吐息を吹きかけられ、ざらついた舌でぞろりと舐めあげられたことに仰天した。
 そんなところに吸い付くのは、赤ん坊だけだと思っていたのに……彼の舌はなんとも嫌らしい動きで乳首を舐めあげ、布地ごとねっとりと濡らしてしまう。
「……っ」
 あまりのことに声を上げそうになってしまうのを、敷布を握ることでなんとかこらえた。
 だがそんなリーシュの努力を無にするように、夫の片手がそろそろと腹を伝い、さらに下へと向かっていく……
「申し訳ないが、足を、少し開いてください……」
(足を……?)
 なぜそんなことをするのかわからない。だがやれと言われたことに抵抗するのも怖くて、リーシュは震える膝をどうか少しだけ開いた。
 そうしてできあがった隙間に、彼は素早く身体を滑り込ませてくる。
 リーシュは慌てて足を閉じようとするが、そうすると彼の身体を内腿で挟み込む形になってしまい、すんでのところで動きを止めた。
 そうこうするうち、彼は夜着の裾に手を入れて、わずかに持ち上げてくる。
 肌着を身につけていない下肢が外気にさらされ、リーシュはぶるりと震え上がった。
(いやっ……そんなところ、どうするというの?)
 否応なく煽られる恐怖に、リーシュは目を開けることもできない。
 と、いきなり足のあいだに、なにかが押しつけられた。堅く丸みを帯びたそれは、リーシュの割れ目をなぞるように刺激してくる。
「……ぁ……」
 かすかに伝わる濡れた感触と、押し込められる圧迫感に震える声が漏れる。
 敷布を堅く握り込みながら、リーシュは恐怖を苦そうと意識的に細い呼吸を繰り返した。だが唇から漏れる息はひどく震えていて、逆に緊張と恐怖が募っていくように思える。
(怖い……っ)
 割れ目に押しつけられたそれは、ゆっくりと襞のあいだを上下する。やがてそれがさらに堅く熱くなっていくのに気づいて、リーシュは危うく叫び出しそうになった。
「わかりますか? これが、今からあなたの中に入ります」
 先端とおぼしき部分を、ぐっと押しつけられ、リーシュは震え上がる。
 中に入る? どういうこと? 問い詰めたいが、返ってくる答え如何によっては、みっともなく逃げだそうとしてしまいそうで、リーシュは奥歯を噛みしめる。
 説明されたところで、知識がない自分に理解できるとも思えない。こうなればもう、黙って受け入れるしかない。結局逃げ道はないのだから。
「多少痛むでしょうが、できる限り静かにします。ですから、耐えてください」
 幸いなのは、夫となった青年が、こうやってこちらを気遣ってくれることだろう。
 それだけが唯一の救いだと思いながら、リーシュはぎこちなく首を振った。
「大丈夫です。どうか、お好きなように……」
 本当は大丈夫なんかじゃない。今すぐにやめて欲しい。この恐怖から助けて欲しいのに……
「では……」
 彼は静かに呟くと、やにわに、震える襞の合間に、猛ったものを突き入れてきた。
「――っ……!」
(痛いっ……!)
 身体を割って押し入ってくるものの存在に、リーシュは体中を強張らせた。
 痛い……下肢が引き裂かれそうだ。毎日の潔斎で、痛みには慣れていると思っていたけれど、これはそれとはまったく別種の痛み……
(やめて! もう無理よ……っ、助けて……!)
 痛みのあまりからだがびくびくと引き攣り、食いしばった歯のあいだから殺しきれないうめきが漏れる。悲鳴を上げてのたうち回ったら楽になるだろうか。だがそんなことをして、相手の不興を買ったら……
 気遣いを見せてくれた彼に対し、そんな不実なことはしたくなかった。彼だって、こんな衆人環視の中、本来なら秘められた場所で行うことなどしたくはないはずだ。彼もまた耐えている。
「息を吐いて、力を抜いてください。少しは楽になれます……」
 痛みの中、その彼の声が聞こえて、リーシュは必死になってそれにすがった。力を抜くことはできなかったが、震える唇のあいだから、必死に息を吐き出す。
 だが押し入ってきたなにかがさらに大きくふくれて、内側から身体を圧迫されるようになると、やはり言葉通りにするのも難しかった。
 彼もまた息を荒げながら、じわじわとリーシュの中に押し入ってくる。
 やがて奥までみっしりと犯される感覚があって、夫が空気の塊を吐き出す音が聞こえた。
 腰が抱えなおさら、ぐっと引き寄せられる。
 その動作にすら痛みを感じ、リーシュは小さくうめいてしまった。
「わたしにしがみついても結構です。……動きますよ」
 リーシュはとっさに、敷布から彼の腕へ手を滑らしそうになった。
 慌ててそれをこらえ、こくんと頷く。本当はすがりつきたいが、痛みのあまり爪を立てて、彼を傷つけたら大変だ。
 痛みに支配された頭の中で、唯一彼のことだけが考えられるのが不思議だった。
「う……、うあぁ……っ」
 だがまともに考えられたのも一瞬で、次のときには彼がゆっくり腰を動かしてくる。
 そうすると身体に入り込んだものが体内を出入りするのが伝わって、リーシュは軽く混乱した。痛みに涙ぐみながらも、彼女はそっと自分の下肢を見下ろす。夜着の裾で隠れているが、自分の足のあいだには彼の下肢がある。そして痛みがかなりひどいところで、ふたりの肌が重なり合っているのがわかった。
 ということは、自分の身体の中にあるのは、男性にだけ備わっている性器なのだろう――男と女、それぞれに備わっている部分を重ねる行為。それが閨ごとのすべてなのだと、リーシュは遅まきながら理解した。
 それはなんて痛みを伴う行為なのだろう。……世の夫婦は、皆この痛みに耐えて子供を授かっているのか。
 だが子供を産むときにはそれ以上の痛みを感じるはずだ。それに耐えるために、こうして閨の段階から身体を痛みに慣れさせておくのだろうか――
 抜き差しされる苦痛に揺さぶられながら、リーシュはかろうじてそんなことを考える。
 そのとき、夫の腕に力がこもって、リーシュの身体が強くかき抱かれる。
 密着する熱さにびくりとしたとき、身体の奥に熱い感覚がじわりと広がって、リーシュは困惑した。
 なにが起きたかわからず、息を詰めて震えていると、夫の身体がそっと離れていく。
「……ぅっ……」
 同時に、体中をさいなんでいた杭がずるりと引き抜かれ、リーシュはびくりと身体を引き攣らせた。
 彼が出て行っても、繋がっていた部分はじくじくと痛む……おまけになにかが流れ出しているような感覚があって、リーシュは再び恐怖に襲われた。
「……大丈夫ですか?」
 夫が声をかけてくるが、応える気力もない。
 そんな中、遠巻きにしていた人々がぞろぞろと近づいてくる気配がした。
「公爵様、申し訳ありませんが――」
 ジェノスの言葉が響いて、夫がリーシュの身体から離れていく。
 離れないで、とリーシュはとっさに思った。
 なぜだろう。つい先ほどまで、自分に痛みを与えていたのは彼であるはずなのに、リーシュはその彼に、すがりつきたくなったのだ。
 だが願いは叶わず、下ろされていた裾が再びジェノスに手により引き上げられる。
 夫にされたとき以上に派手にめくられ、リーシュは震え上がった。ここにいるすべてのひとに下肢をさらしてしまっている。それも行為を終えたばかりの、決して正常ではない状態のところを――
 こらえていた恐怖が一気にあふれ出しそうになる。目の前が真っ暗になって、リーシュはひゅっと喉を鳴らした。
 止めようとしても止まらない、悲鳴がほとばしりそうになる――
 そのとき、隣に身体を投げ出していた夫が、ひどく驚いた様子で声を上げた。
「おい……!」
 きつい口調は怒りを表している。リーシュは一瞬、自分が怒鳴られたのかと思ってびくりとしたが、薄目を開けた先にいた夫は、リーシュではない方向を睨んでいた。
 その先にいるのは神官長ジェノスで、彼はまるでひるむことなくリーシュの秘所をのぞき込んで、したり顔で頷いている。
 彼がどくと次の神官が進み出てきて、やはり同じように繋がっていた部分をのぞき込んでいた。
 敷布に置かれていた夫の手が、堅く拳を握りしめるのが見える。
 彼が神官たちに向け、なにか声を荒げようとしているのを察し、リーシュの中で理性が叫んだ。
(だめ、神官に逆らっては……!)
 リーシュはとっさに、彼の腕を掴んでしまった。
 夫がハッとした面持ちでこちらを振り返る。
 リーシュはいたたまれなくて、つい顔を逸らしてしまった。身体をつなげたばかりの状態で、彼を直視するなどとうていできない。
 その美しい顔が嫌悪を浮かべているのではないかと思うと、目を開けるのも怖くて、リーシュは空いた手で敷布を握りしめる。
 そうしてそろそろと彼から手を離そうとしたが、驚いたことに、彼はリーシュの手を捕まえると、包み込むように握り返してきた。
 頬に添えられたときと同じ、温かく大きな手。
 伝わってくる温もりに、リーシュはなぜか泣きそうになった。先ほどまでと違う、恐怖から出る叫びではない……安堵から出る、気の緩みが涙をあふれさせようとする。
 泣いてはいけない。リーシュが泣くと、神官と言わず女官と言わず、みんなが不吉だと顔をしかめるのだ。
 そんな女と身体をつなげて、きっと彼もいい気はしていないはず。それでもこうして手を握ってくれる。その優しさを踏みにじるようなことはしたくない。
 そうして気を張っていたせいか、婚姻の成立を告げる言葉も、リーシュの耳には入ってこなかった。
 じっと目を閉じて、ひとの気配がなくなるのをひたすら待つ。
 ふっとすぐ近くで空気が揺らぐのを感じる。同時にあたりが暗くなるのも。
 リーシュはそろそろと目を開けて、窓から注ぐ月明かりに映る、天蓋の絵をぼうっと見つめた。
 そこに描かれた女神様は、慈愛の表情でこちらを見つめている。
(終わったの……?)
 いつの間にか人の気配はなくなっている。明かりもほとんどが消され、室内は暗くしんと静まりかえっていた。
 ひとりになったのだろうか。そう思ったとき、隣からそっと声をかけられた。
「陛下、お身体はつらくありませんか?」
 リーシュはぴくりと肩を揺らす。身体を冷たいものが伝うのを感じながら、彼女はそろそろと、声がしたほうを振り返った。
 そこには心配そうな表情を浮かべた夫がいて、こちらをのぞき込んでいる。
 整ったその顔立ちに、一瞬、リーシュはなにもかもを忘れそうになった。
 ただ、このひとを見つめていたいと思った。
 このまなざしに見つめられていたいと。
 黙り込んだリーシュになにを思ってか、クラウドはふと彼女の下肢に目をやり、顔をしかめながら乱れたままの裾を整え始める。
 リーシュはぼうっとしたまま、彼がするままに任せ、その動きを見つめていた。
 が、彼が引き上げた毛布の下で、彼女の肩を抱き寄せようとした瞬間、ハッと我に返って怖くなる。
 先ほどまで身を貫いていた痛みが否応なくよみがえる。彼はまたあの行為をするのだろうか。今でさえ身体の力が入らず、痛みの残滓が秘所を痺れさせているというのに。
(いやっ……)
 リーシュはとっさに身をよじり、彼の腕から逃れようとした。
 クラウドは引き留めない。リーシュは震える足を叱咤して、なんとか寝台を降りようと試みた。
「陛下、どちらへ?」
 夫が驚いたように尋ねてくる。
 どこへ? どこでもいいから逃げたい、そう思っていたリーシュは、一瞬答えに遅れた。
「……自分の部屋に、戻ります」
 出てきた声は、自分でも頼りなく思えるほどにかすれている。
 それをどう思ってか、肘で身体を起こしていた夫は、すぐに寝台を降りて、リーシュの前に回り込んだ。
「動くのはおつらいはずです。もし……ともに眠るのがいやだと言うなら、わたしが自分の部屋へ戻りましょう。陛下はこちらを使ってください」
 言い含めるような声音に、リーシュは驚く。気遣いに満ちたその内容には、もっと驚かされた。
(……わたくしを案じてくださっているの……?)
 おおよそ信じられないが、そっと仰ぎ見た彼は、確かにリーシュのことを心配そうな表情で見つめている。
 他人から、こんな風なまなざしで見つめられたのは、いったいどれくらいぶりのことだろう……
 そう思った瞬間、ふっと肩の力が抜けた。逃げなければという意思も霧散した。代わりに鼻の奥が痛んで、忘れかけていた涙があふれそうになる。
 泣いてはだめ、そう思うより先にふわりと抱きしめられ、リーシュは軽く目を瞠った。
「おひとりで泣きたいとお考えだったのですか? どうぞこれからは、わたしの胸をお使いください。わたしにまで遠慮することはありません。わたしたちは夫婦なのですから……」
 優しい声音で呟かれ、背中を大きな手で撫でられる。
 そのまま包み込むように抱きしめられて、伝わる体温と落ち着いた鼓動に、止めようとしていたものが一気にあふれるのがわかった。
「もう大丈夫ですよ。あなたはひとりじゃない」
 額に優しく口づけられ、これ以上ないほど優しい言葉をかけられ、リーシュはもうこらえられない。
 毛布に入ったあとも彼はずっと抱きしめていてくれて、リーシュはこらえきれず、敷布ではなく彼の夜着をぎゅっと掴んでしまった。
 声を上げたいのを必死にこらえて、リーシュは彼の胸に顔を埋める。自分とは違う温もりと香りに、体中が温かく満たされるのがわかった。
 もう何年も遠ざかっていた、他人から与えられる優しい温もり。
 それを、彼は分けてくれようとしているのだろうか――?
「これからはわたしが、ずっとおそばにおりますから」
 その一言に、リーシュの心が熱く疼く。
 本当に? ずっとそばにいてくれるの? あなたも乳母や侍女たちと同じように、わたくしの前からいなくなったりしない……?
 そうすがりたくなる一方で、彼に心を許してはいけないと理性が激しく訴える。
 彼はいずれ国に帰ってもらう存在だ。大切だと思うならなおさら、手元にとどめておいてよい人間ではない。
 これ以上の犠牲はたくさんのはずだ。子を授かったなら、この手を早々に離さなければ……
 だがそう思うと、収まったはずの悲しみが突き上げるように戻ってきて、リーシュの涙はいよいよ止まらなくなる。
 ずっとこの温もりにこうして包まれていたい。
 こうして彼に護られて、彼の体温を感じながら眠りにつきたい。
 それができるなら、ほかになにもいらないのに――……
 リーシュは泣きながら、彼とともに、普通の夫婦のように歩いて行く未来を思い描く。
 絶対的に叶わない夢。けれど思うだけなら自由だと、戒める心に言い訳して、彼女はしばらく幸せな想像に浸った。
 その気分のまま、とろとろとまどろみに誘われる頃になっても、夫はずっと髪を撫でてくれていた。
 それが泣きたくなるほど、嬉しかった。
 
***


なんだか最終話を読んだあとに読むと
悲壮感たっぷりで切ない(涙
この頃のリーシュに
「一週間後にはとりあえず幸せになれるよ」と
声をかけて上げたいですね。
ま、その数ヶ月後にあんな大変なことになるわけですが(目逸らし

長い方は約一年間、連載におつきあいいただき
本当にありがとうございました!
気づけばお気に入り件数が2300人?
うわぁ、『王家の秘薬~』と並びましたね(汗
ありがたくも恐れ多いことです(汗
評価してくださった方々もありがとうございました。

また別作品でお会いできることを願っております。


あ、ちなみに『奪われた純愛』は
明日あたりに第二話更新します。
今日はちょっと難しいかな~……(汗
とにかくがんばります(走っ
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2014年02月10日(Mon) 19:59
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2014年02月10日(Mon) 21:06
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2014年02月10日(Mon) 21:36
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2014年02月10日(Mon) 22:57
コメントありがとうございます。
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こんにちは、神矢さん。

ハァハァしていただけてありがとうございますw
ジェノスを出すとき神矢さんのことが頭をよぎり、
もっと露出させるべきか……? と思ったのですが、
これ以上リーシュをかわいそうにするのもあれなので自重しちゃいました(苦笑

文章のご指摘もありがとうございます。
今何気なく読み直したらこのほかにも五カ所くらい
誤字脱字見つけて軽く鬱になりましたw
誤字脱字すっごく多いんですよね、わたし……orz

新作のほうもぼちぼちがんばっていきますね。

PS
なんだか落ち込んでいるようですね。ちょっと心配。
最新話の切ない感じ、わたしは好きでしたけど、
こればっかりは個人の好みですからね(苦笑

これを機にゆっくり休養して、また元気になってから
声を聞かせてくださいね。
2014年02月11日(Tue) 00:50
コメントありがとうございます。
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あまつかぜさん、こんにちは。

『いつわり王子』から読んでくださっているのですか!?
しかも全部!?
嬉しいというよりありがたすぎて恐れ多いくらいです。
本当にありがとうございます!

わたしもリーシュとクラウドのお互いにいたわり合う関係は
とっても気に入っておりますw
いちばんのお気に入りと言っていただき、本当に嬉しく思います。

ブログも追っていただいているようでありがとうございます。
○子のことも気にかけていただき嬉しいですw
最近は甘えん坊になってきたのか、
近くに人がいないとすぐにひんひん言い出すようになっています(汗
うまいこと折を見て小説もがんばりますので、
これからもよろしくお願いいたします。
2014年02月11日(Tue) 00:53
コメントありがとうございます。
編集
華影さん、こんにちは。

こちらにも足を運んでいただきありがとうございます。
本当にあの最終話を読んだあとだと
この頃のリーシュのかわいそうさがなんとも言えないですよね(汗

第二部もまだ構成の段階ですが、
折を見てぼちぼちやっていこうと思います。
最近人の気配がないとひんひん泣くようになった○子も、
夜はがっつり寝てくれるので、
この時間にしっかり執筆したいと思います(笑
2014年02月11日(Tue) 00:55
コメントありがとうございます。
編集
こんにちは、風波さん。

本当にこのリーシュの胸の内をクラウドに伝えてあげたいですね。
クラウドもこのときには呪われ姫に疑問を持っていたので、
もうこの胸の内を知ったら
速攻で恋に落ちていたんじゃないかと思いますw

新作もぼちぼち始めていきますよ~
今は弟がさっそくやらかしているところを書いています(笑
楽しみにお待ちくださいねw
2014年02月11日(Tue) 00:58












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